適当に作って美味しくなるほど、焼き芋は甘くはありません。甘ーーい焼き芋を作るには周到な作戦が必要です。それを考える上で絶対に必要になる4つのことをまとめました。

冒頭の画像は、私が最近作ったシルクスイートの焼き芋です。あんな感じの焼き芋を作るために最低限知るべきことを整理しました。

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その1: 麦芽糖が生成される仕組み

「β-アミラーゼが、糊化したでんぷんを麦芽糖というより小さい単位に切断する」という理解を持てればOKです。これが分かっている人は、”その1″は丸々スキップしてください。

初耳の方向けに、「でんぷんの糊化」「β-アミラーゼ」について、以下で簡単に説明しておきます。

デンプンの「糊化」って何?

でんぷんとは、ざっくり言うと、ブドウ糖が鎖のように繋がった物質です。温度が低いときは、この鎖の部分が「狭くがっちり」結合しています。しかし、温めるとこの部分が緩んで隙間ができます。これがでんぷんが「糊化」している状態です。

では、糊化が起きるとシェフにとって何かいいことがあるのでしょうか??
糊化していない状態では、鎖の結合部分にスペースがなく、水が侵入できません。しかし、そこが緩むと水が入れるようになります。片栗粉は低温では水に溶けず、温めると白濁して糊のような状態になりますが、これは例の隙間に水が入り込むためです。

でんぷんの糊化が始まる温度は品種・栽培地域に依存しますが、一般には70~75℃だそうです([1])。

蛇足ですが、でんぷんが糊化しただけでは、さつまいもは柔らかくなりません。後述するペクチンが軟化して初めて、手にとって柔らかく感じるようになります。

「β-アミラーゼ」って何?

β-アミラーゼは、でんぷんの繋ぎ目部分を切ることに特化した庭師のようなものです。β-アミラーゼはお仕事をするのに適した温度になると、糊化したでんぷんの例の緩んだ結合部分を切り離します。結果として麦芽糖が生成されます。1)ブドウ糖ではなくて、ブドウ糖が2個くっついて出来た麦芽糖が生成されます。麦芽糖は小腸でブドウ糖に分解されます。これが焼き芋が甘くなる仕組みです。

β-アミラーゼが活性化する温度帯もやはり品種に強く依存しますが、[2]によるとある品種では65~80℃くらいだそうです(85℃で完全に失活)。

その2: 焼き芋を甘くする2つのアプローチ

王道: “いい温度”に保温する作戦

よく言われる「でんぷんが糊化し、β-アミラーゼが活性化する温度」にキープする方法です。しかし、言うは易く行うは難し。

典型的には、70~80℃の保温を目指すことになります。その1で紹介したように、この温度帯であればでんぷんも糊化し、かつβ-アミラーゼも活性化しているからです。ただし、品種によって差がある。

なお、副作用があります。この温度帯で長時間保温すると後述するペクチンの硬化によって、さつまいもの食感を操作すること(たとえば、「ねっとり」させること)が難しくなる場合があります。時間をかければできなくはないのでしょうが、作業時間は膨れ上がります。

妥協案: 糖度を濃縮する作戦

現実には、手元のさつまいものでんぷん糊化開始温度やβ-アミラーゼが活性化する温度帯を知る手段は今のところありません。そのため、上記王道というのは実行難易度が高いのが現実です。

そこで次のような妥協案が浮かびます:

「70~80℃」という温度帯はあまり気にせず、そこそこのスピードでその温度帯を通過するように加熱して、途中で生成されたそこそこの量の麦芽糖の濃度を高めるようガンガン加熱を続けて水分を抜いていけば結果的に甘くなるんじゃね??

なんと雑な手法か…と私も当初は思いましたが、侮るなかれ。これもちゃんと機能します。そして、後述のペクチン硬化という副作用を回避できるため、食感を柔らかく「ねっとり」させることも簡単です。

理想を言えば、王道に従って麦芽糖を大量生産した後にこの方法を取れれば最強なのでしょうが、工数が多すぎて家庭では現実的でないように思います。

その3: ペクチンの軟化と硬化

厳密には、甘さとペクチンはあまり関係ないのですが、「美味しい」と感じる焼き芋を作る上では重要な要素なので、ここで紹介しておきます。

ペクチンとは、野菜の細胞同士を繋ぎ合わせているセメントのようなものです。ペクチンは熱によって軟化または硬化し、それに伴って野菜の硬さは変化します。

ペクチンが十分に軟化していない焼き芋はパサパサした印象になってしまい、いまいちの満足度です。ペクチンを軟化させるには、あるいは硬化させないためにはどうすればいいか知る必要があります。

ペクチンの軟化

たとえば、大根は生のままではとても硬いですが、煮込むことで簡単に崩れるまでに柔らかくなります。これはペクチンの軟化によるものです。[3]によれば、大根は80℃以上の加熱によって短時間で軟化するようです。

さつまいもの場合も80℃以上の加熱でペクチンは軟化すると考えられます。実際、私が確かめた限りでは、Anovaで72℃2)この温度で糖度上昇が確認できるので、でんぷんは糊化しているで保温した場合にはさつまいもは柔らかくならず、82℃で保温したときには柔らかくなりました。このときの試料は、シルクスイート・紅はるかです。他の品種でも概ね同様と考えられます。

ペクチンの硬化

ペクチンは中途半端な加熱では逆に硬くなり、結果的に野菜は生の状態よりも硬くなります。[3]によると大根の場合では、70℃以下の加熱でペクチンは硬化するそうです。加熱時間が2時間未満の場合、70℃での加熱で最も顕著に硬化するとのデータがあります。

また、ペクチンは一度硬化してしまうと、硬化前に比べて軟化させるのに時間がかかります。野菜を水から煮ていくと煮崩れにくくなるのはそのためです。

焼き芋に焦点を絞って言えば、70℃付近の保温時間を長くすると、ペクチンの硬化によって芋全体が硬くなり、その後の加熱によって柔らかい食感を作るのが難しくなります。これが前述した「副作用」です。

”王道”な保温をする場合は、でんぷんの糊化、β-アミラーゼの活性に加え、ペクチンの硬化まで考慮して保温温度を管理する必要があります。難しい。。

その4: オーブンの性能を知る

たぶん、1番の盲点はこれです。大半の場合、家庭では焼き芋はオーブンを使って作ると思いますが、オーブンの庫内温度はオーブンの設定温度通りに上がるとは限りません。

190℃に設定したのに、温度測ったら200℃越えたんだけど!? みたいなことは普通に起こりえます。事実、私のオーブン SOB-VS10 では、設定温度と庫内温度が20℃乖離する”魔の設定温度”が存在します。

また、加熱開始してから何分くらいで庫内が設定温度に達しているかも重要です。たまに設定温度付近に達するまでとんでもない時間がかかるものがあります。

このような自宅のオーブンについての基礎的な性能を見誤ると、焼き芋に限らず、あらゆるオーブン料理の再現性が崩れます。(オーブン用温度計など)計測方法はなんでもいいので、一度確かめておくことを強く勧めます。

実のところ、私はタニタとかのオーブン専用温度計は無用の長物だと思っていて、オーブンにも放り込める普通の料理用温度計の方が遥かに優れてると思ってます。機会があれば記事にします。

まとめ

焼き芋作りに必要な最低限の知識は、

  1. 麦芽糖生成の仕組みの大雑把な理解
  2. 焼き芋を甘くするアプローチ: 王道と妥協案
  3. ペクチンの軟化・硬化
  4. オーブンの性能

の4つでした。1(麦芽糖云々)と3(ペクチン云々)は、2(アプローチ)を上手に選ぶための下地で、4(オーブン性能)は2を正確に実行するためのツールのようなものです。

現実にレシピを設計する際は、さらに

  • オーブンで加熱しているさつまいもの温度が狙い通り推移しているか
  • 狙った食感を担保するにはどうするか(基準の発見・いもの選定方法など?)

などの情報が追加で必要となると思います。

肉などと違って、さつまいもの加熱”適温”は品種差が大きいため、調理上の前提となる食材の基礎データ(でんぷんの糊化開始温度とか)を自分で取る必要があります。そのため、巧妙なレシピを設計するためにはある程度「物量で押す」ことが求められます。

本気で新しいレシピを作り出そうとするなら、品種を固定して基礎データを取りまくるのがいいと思います。残念なことにネット上のレシピでは、そんな本格的に取り組まれたものは見受けられませんが。。

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参考文献

[1]サツマイモを蒸した際のマルトース生成に及ぼす塊根のβ-アミラーゼ活性およびデンプン糊化温度の影響. 中村善行, 藏之内利和, 高田明子, 片山健二. 日本食品科学工学会誌, 61(12), 577-585 (2014).
[2]サツマイモの高度加工利用に関する研究. 馬場 透, 鹿児島県農業試験場研究報告, 18, 61-122 (1990).
[3]野菜 の加 熱とペクチン質. 渕上倫子. 日本調理科学会誌 Vol.40, No. 1, 1-9(2007).


   [ + ]

1.ブドウ糖ではなくて、ブドウ糖が2個くっついて出来た麦芽糖が生成されます。麦芽糖は小腸でブドウ糖に分解されます。
2.この温度で糖度上昇が確認できるので、でんぷんは糊化している
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