• E型肝炎ウイルス(Hepatitis E virus, HEV)は豚の肉や内蔵に感染している恐れのある食中毒原因ウイルスです。サルモネラなどよりも高い熱抵抗性を示すため、豚肉の低温調理の温度と時間を決める際に考慮すべきウイルスです。

しかし、HEVについては未解明の部分が多く、サルモネラなどと比べて低温調理の参考となるデータがなかなか見つかりません。ここでは、現状で分かっている範囲でHEVの定量データを集約し、低温調理の際のリスクを見積もる上で参考となる情報を提供したいと思います。

以下の記事の続編です。

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HEVの分類と病原性

HEVは現在、4つの遺伝子型(Genotype:G1-4)に分類される。
G1はアジア・アフリカなど、G2はメキシコ・ナイジェリアなど一部アフリカ地域、G3はアフリカ以外の世界、G4は東~東南アジアに分布する。G1, G2は発展途上国において多発し、先進国においては主にG3, G4が確認される。このうち豚から検出されるのはG3, G4のみであり、G1, G2の検出例は確認されていない。

アメリカ・ヨーロッパ・日本においては、HEVは輸入感染症と考えられてきたが、各国土着の固有株の存在が判明し、各国内で生産される豚肉にもリスクが潜むことが明らかになった。豚の内蔵だけでなく、内蔵以外の食肉部も感染源と疑われている。ただし、E型肝炎の事例において、食品の関与が明確に立証された研究事例はほぼなく、未だに感染経路は未解明である。

国内のヒトへの感染例

事例数

2012~2013年の発症数は年間100件以上の報告例があった。
あくまで報告数であり、他の肝炎事例に誤認されて埋もれている可能性が高いため、実際の事例は数倍以上と推定される。

日本赤十字社の推定([6])によると、関東甲信越地域の年間感染率は0.44%、感染者は8000人/年。1)実際に発症した人数ではなく、無症状の場合も含む。
北海道における推定感染者は7000人/年。北海道でのHEV肝炎が41例(2015年)であることから、感染者の発症率は0.6%と推定している。

遺伝子型別の発生状況

日本ではG3, G4が97%を占め、G4は北海道に偏在する。事実、全国のG4感染例のうち約80%が北海道在住者である。2)ただし、この偏りは北海道では積極的にHEVの検査を行われていることも影響している。G4の方がG3よりも症状が顕在化・重篤化しやすい。G3は症状非顕在例は38.5%、重症例は5.2%であるが、G4ではそれぞれ9.0%、29.5%である。([5])

性別・年代・地域別の発生状況

国内例では中高年に多い。(国外例では若年層に多い。)
男性患者は女性の3~4倍多く、発症及び重症化は40~59歳が半数以上を占める。
以下、[6]]東京地域におけるHEV感染実態調査から年代別・地域別のデータを図ごと引用。
グラフの縦軸は、HEV抗体陽性の比率、つまり過去に感染3)肝炎を発症したかどうかは問わない。したことのある人口率を指す。M: 男性 F:女性。

[6]”東京地域におけるHEV感染実態調査. 日本赤十字社.”より抜粋.
“[6]東京地域におけるHEV感染実態調査. 日本赤十字社.”より抜粋.
その他の年代別・地域別データ(たとえば、東京の年代別陽性率など)も[6]東京地域におけるHEV感染実態調査に記載されている。

国内のブタの感染状況

国内農場のブタの感染状況

国内農場の豚のHEV陽性抗体保有率は生後3ヶ月をでピークを迎える。出荷時期である生後6ヶ月にはHEV陽性抗体保有率は90%を越えている4)過去に感染したことがあるということ。が、HEV自体は自然軽快しており、もはやHEV感染は検出されないのが通常。しかし、少数ながら検出される場合がある。

[4]によれば、熊本県内で屠畜された豚1634頭のうち0.9%がHEV陽性、屠畜検査合格肝臓80点のうち2.5%がHEV陽性。

国内の小売豚肉の汚染状況

[8]によれば、北海道の食料品店における363点の生レバーのHEV陽性率は1.9%。うち1点がG4で6点がG3。
[9]によれば、品川区・港区の食料品店・精肉店合計22店舗における豚レバー260点はHEV陽性率2.7%、豚大腸53点では1.9%。全てG3。

国内のイノシシ・シカの感染状況

[4, 7]に遺伝子検査のデータあり。ジビエを食べる方は参照されたい。

加熱による不活性化データ

[10]HEVの加熱安定性に関する実験結果1.
に綺麗にまとめられているのでそちらを参照。(このファイルが被添付資料が見つかりませんでしたので、同ファイルのみを紹介しています。)

ファイル中の参考文献を以下に示す。

Feagins et al, 2008: [11]
Schielke et al, 2011: [12]
Barnaud et al: 2012: [13]
Chiristou et al, 2013: [14]
李天成 H20, H21: [15, 16]
Emerson et al, 2005: [17]
など順に掲載。

[12]のDiscussionで述べられている通り、
・具体的な食品試料での実験データが不十分
・加熱後のウイルスが感染力を持つかどうかのテスト時に静脈接種など非現実的な摂取方法が使われている

など、まだ研究途上。現実の食品に潜在するウイルスを加熱で安全に不活性化できるかどうかを判断するための信頼性のあるデータは揃っていない。

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参考文献

[1]E型肝炎 2005~2013年. 病原微生物検出情報 Vol.35 No.1(No.407) 2014年1月. pp 1-2.

[2]E型肝炎の概要および検査法. 病原微生物検出情報 Vol.35 No.1(No.407) 2014年1月. pp 3.

[3]人獣共通感染症としてのE型肝炎. 病原微生物検出情報 Vol.35 No.1(No.407) 2014年1月. pp 4-5.

[4]イノシシ, シカおよびブタのE型肝炎ウイルス感染状況調査 – 熊本県. 病原微生物検出情報 Vol.35 No.1(No.407) 2014年1月. pp 9-10.

[5]本邦に於けるE型肝炎ウイルス感染の統計学的・疫学的・ウイルス学的特徴:全国集計254例に基づく解析.阿部敏紀,相川達也,赤羽賢浩,新井雅裕,朝比奈靖浩,新敷吉成,茶山一彰 他. 肝臓 2006, vol. 47, no. 8, p. 384-391.

[6]東京地域におけるHEV感染実態調査. 日本赤十字社.

[7]リスクプロファイル「ブタ肉におけるE型肝炎ウイルス」. 食品安全委員会, 2012.

[8]Sporadic acute or fulminant hepatitis E in Hokkaido, Japan, may be food-borne,
as suggested by the presence of hepatitis E virus in pig liver as food. Yazaki Y., Mizuo H., Takahashi M., Nishizawa T., Sasaki N., Gotanda Y. et al. Journal of General Virology 2003, vol. 84, p. 2351-2357.

[9]都内一般病院で経験した急性肝炎症例および市販食品からの多様なHEV RNAの検出. 病原微生物検出情報 Vol.35 No.1(No.407) 2014年1月. pp 8-9.

[10]HEVの加熱安定性に関する実験結果1.

[11]Inactivation of infectious hepatitis E virus present in commercial pig livers sold in local grocery stores in the United States. Feagins A. R. Opriessnig T. Guenette D. K. Halbur P. G. Meng X. J. International Journal of Food Microbiology 2008, vol. 123, no. 1-2, pp. 32-37.

[12]Thermal Stability of Hepatitis E Virus Assessed by a Molecular Biological Approach. Schielke, Anika et al. Virology Journal 8 (2011): 487. PMC. Web. 22 Jan. 2018.

[13]Thermal Inactivation of Infectious Hepatitis E Virus in Experimentally Contaminated Food. Barnaud, Elodie et al. Applied and Environmental Microbiology 78.15 (2012): 5153–5159. PMC. Web. 22 Jan. 2018.

[14]Hepatitis E virus in the Western world–a pork-related zoonosis. Christou L, Kosmidou M. Clinical Microbiology and Infection 2013 Jul;19(7):600-4. doi: 10.1111/1469-0691.12214. Epub 2013 Apr 17.

[15]平成20年度厚生労働科学研究費補助金食品の安心・安全確保推進研究事業『食品中のウイルスの制御に関する研究』(主任研究者 武田直和):分担研究「E 型肝炎ウイルスの安定性の検討」分担研究者 李天成. 平成20年度総括・分担研究報告書 2009, pp. 65-67.

[16]平成21年度厚生労働科学研究費補助金食品の安心・安全確保推進研究事業『食品中のウイルスの制御に関する研究』(主任研究者 野田衛):分担研究「E 型肝炎ウイルス遺伝子型間の安定性の比較」分担研究者 李天成. 平成21年度総括・研究分担報告書 2010, pp. 75-77.

[17]Thermal stability of hepatitis E virus. Emerson S. U. Arankalle V. A. Purcell R. H. Journal of Infectious Diseases 2005, vol. 192, pp. 930-933.

[18]New models of hepatitis E virus replication in human and porcine hepatocyte cell lines. Sophie Roge´e, Neil Talbot, Thomas Caperna, Je´roˆme Bouquet, Elodie Barnaud, and Nicole Pavio. Journal of General Virology 94: 549-558, March 2013.

[19]Cell Culture of Sporadic Hepatitis E Virus in China. Huang R, Li D, Wei S, et al. Clinical and Diagnostic Laboratory Immunology. 1999;6(5):729-733.

[20]Development and evaluation of an efficient cell-culture system for Hepatitis E virus. Tanaka T. Takahashi M. Kusano E. Okamoto H. Journal of General Virology 2007, vol. 88, no. 3, pp. 903-911.

[21]Extent of hepatitis E virus elimination is affected by stabilizers present in plasma products and pore size of nanofilters. Yunoki, M & Yamamoto, S & Tanaka, H & Nishigaki, H & Tanaka, Y & Nishida, A & Adan-Kubo, Jun & Tsujikawa, M & Hattori, S & Urayama, Takeru & Yoshikawa, M & Yamamoto, I & Hagiwara, Katsuro & Ikuta, K. Vox sanguinis. (2008). 95. 94-100. 10.1111/j.1423-0410.2008.01078.x.

[22]Effect of handling and storage conditions and stabilizing agent on the recovery of viral RNA from oral fluid of pigs. T.H.Jones, V. Muehlhauser. Journal of Virological Methods Volume 198, 15 March 2014, Pages 26-31.


   [ + ]

1.実際に発症した人数ではなく、無症状の場合も含む。
2.ただし、この偏りは北海道では積極的にHEVの検査を行われていることも影響している。
3.肝炎を発症したかどうかは問わない。
4.過去に感染したことがあるということ。
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