食肉の法定加熱条件にある「中心部63度30分以上または、それと同等以上の加熱殺菌」の”同等な”加熱条件を、加熱温度(53~94℃)×時間の形で420通り算出しました。算出の方法も詳細に説明しています。

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お目当ての数値一覧

使い勝手優先のため全ての説明を先送りし、算出した数値を先に載せます。以下、表中の数値は “時:分:秒” で表示しています。

63度30分と同等な加熱条件一覧

equiv63for30z5-7
equiv63for30z7.5-

なお、75度1分という基準に対応するZ-値は \(Z=8\) になります。

Z-値が不明な場合

諸々後述しますが、殺菌標的とする細菌が絞れず、Z-値の想定値が決められない場合(現実的なケースかと思います)は、以下の加熱条件を勧めます。

equiv63for30unknown

Z-値とは??

さて、表中に「Z-値」なるものが出てきました。これは何者でしょう??

ざっくり言えば、Z-値とは細菌(やウイルス)の熱に対する感度を示すものです。Z-値が大きいほど、加熱温度を1度上げたときに細菌が死滅していく速度があまり速くならず(熱感度が低い)、逆に、Z-値が小さいほど、加熱温度を1度上げたときに細菌が死滅していく速度は速まります(熱感度が高い)。

なぜ「Z-値」が出てくるのか

大変もっともな疑問です。多くの人にとって、得体の知れない専門用語「Z-値」はできれば回避したいものでしょう。

しかし、残念ながら、63度30分と「同等」の加熱条件を理解する(=誤用を防ぐ)ためには、Z-値から逃げることはできません。

その理由は以下で紹介するZ-値を使った計算例を通して見えてきます。先取りして要点だけ述べれば、

  • 63度から加熱温度を上下させることで、細菌が死滅する速度がどのように変化するかの指標(Z-値)がないと、同等の加熱条件の計算のしようがない
  • 想定すべきZ-値が不明の場合に、どのように「同等以上の加熱条件」を選択すべきか判断材料を得るために、Z-値の変化が「同等の加熱条件」に及ぼす影響を知る必要がある

という2点が本質的な部分です。現段階では腑に落ちなくて大丈夫です(だって、まだろくに説明してないから)。Z-値と仲良くなる過程で理解できるようになるはずです。

参考までに冒頭の表を一部グラフ化したものを載せておきます。現時点では「ふーん」程度でいいです。以下でZ-値を使った計算をした後にでももう一度見てみてください。

さて、大まかな理解は今述べたもので大丈夫ですが、D-値を使えばもっと正確にZ-値を説明できるので、まずD-値について紹介します。

D-値

Anova とか BONIQ とかで低温調理/真空調理している人は、以下の記事必読です。低温調理の安全性を担保するのに必要なD-値の使い方について細かく書いています。

低温調理やらないよ、という方向けに簡単に説明すると、D-値とは、ある一定条件(たとえば、75度などの温度)下に細菌を置いたときに、生菌数が1/10に減るまでにかかる時間のことです。

たとえば、カンピロバクターを53度の環境にさらしたときのD-値が5分だとすると(このことを\(D_{53}=5\)min と書きます)、カンピロバクターは53度5分の加熱で90%死滅し、10分の加熱で99%、20分の加熱で99.99%死滅します。

余談ですが、細菌を何%殺菌すれば安全と判断して良いかと疑問に思った方は、先ほど紹介したD-値についての記事を読んで下さい。そこに答えと根拠があります。

Z-値

D-値を用いるとZ-値は次のように定義できます:

“Z-値とは、D-値を1/10にするのに必要な温度差”

イメージが湧かないと思いますので、具体例を出して説明します。比較的簡単な計算練習を通してZ-値のイメージを掴みましょう。

例1: \(Z=6\) の場合

先ほどのカンピロバクターの例では、\(D_{53}=5\) (以降、D-値は分単位であるとします)でした。ここで仮にZ-値が6(℃)だとしましょう。すると、Z-値の定義より、53℃から6℃ぶん加熱温度を上げれば、加熱時間は1/10にできます。つまり、

\(D_{59} = D_{53 + Z} = \frac{1}{10} \times D_{53}  = 0.5\)

となります。今は53℃を中心に考えて\(D_{59}\)を計算しましたが、逆のこともできます。たとえば、\(D_{53}\) は \(D_{47}\) を1/10倍したもののはずなので、

\(D_{53} = \frac{1}{10} \times D_{47} \).

これを解いて、\(D_{47} = 50\) と分かります。実は、後述するように、Z-値と、ある温度におけるD-値が分かれば、全ての温度におけるD-値が計算できます。1)どんな温度を中心に考えてもZ-値は常に一定なのか? という疑問を持った方は鋭いです。答えは、「経験上はYES、ただし、例外もある。」です。[1]参照

例2: \(Z=3\) の場合

カンピロバクターの例を続けます。(現実的ではありませんが、)もしZ-値が3だったら計算結果はどうなるでしょうか??

同様の計算の結果、

\(D_{59} = D_{53+Z+Z} = \frac{1}{10} \times D_{53+Z} = \frac{1}{10} \times  \frac{1}{10} \times D_{53}\),
\(D_{53} = D_{47+Z+Z} = \frac{1}{10} \times D_{47+Z} = \frac{1}{10} \times  \frac{1}{10} \times D_{47}\),

となるので、これらより\(D_{59} = 0.05\), \(D_{47} = 500\)(長っ!!)と計算できます。

熱感度の比較

冒頭に、Z-値は細菌の熱に対する感度と言いましたが、このことは\(Z=3, 6\)のときの計算結果を比べてみるとよくわかります。

\(Z=3\) (熱感度が高い場合)では、加熱温度を上げた場合(53℃→59℃)に90%殺菌をするのに必要な時間は急激に短くなりました(5→0.05)。

他方で、\(Z=6\) (熱感度が低い場合)では、加熱温度を上げた場合(53℃→59℃)に90%殺菌をするのに必要な時間は \(Z=3\) のときほど短くなりません。(5→0.5)

逆に、\(Z=3\) のときに加熱温度を下げると、\(Z=6\) のときに同じだけ加熱温度を下げた場合に比べ、90%殺菌に必要な時間は長くなります。

つまり、Z-値の大小というのは、加熱温度の上下が、細菌の寿命をどれくらい大きく左右するかという指標です。Z-値を細菌の熱感度と解釈する理由にご納得いただけたでしょうか。

どの表を使うべきか??

重要な点ですね。これは言い換えれば、「どのZ-値を想定するのが妥当か?」という疑問と同義です。答えは、2通りあります。

懸案の細菌が定まっていて、そのZ-値(の幅)が分かっている時

超幸運なケース。たとえば、お姫様待遇並みに丁寧に扱われた工場栽培野菜などで、単一の細菌(この場合だとリステリア・モノサイトゲネスかな?)以外の汚染リスクを無視できる場合などが該当するかと思います。

その細菌のZ-値の幅が大まかにわかっていれば、冒頭の表から適切な値を抽出することは容易でしょう。しかし、果たしてそんな幸運な食肉が現実にあるのだろうか…

多くの細菌の付着が想定され、それらのZ-値の幅が不明な場合

現実的なケース。特に食肉などは複数種の細菌が付着しているのが通常であり、どんな細菌が現実に付着しているかも不明ですし、ましてやそれらのD-値・Z-値は細菌ごとにバラバラなので、適切なZ-値など誰にもわかりません。

ただ、[2]によれば、一般に(芽胞性細菌以外の)細菌のZ-値は5~8の間と言われいるそうです。私が研究論文を山のように読んで確認したところ、この5~8の幅に大体収まっています。(たまに、9越えのやたらしぶといのも居ますが。。)参考までに以下の記事から各細菌のD-値、Z-値を確認できます。

上の計算で見たように、Z-値が低いときは加熱温度を下げたときに、(Z-値が高いときに比べて)長い加熱時間が必要になり、逆に、Z-値が高いときは加熱温度を上げたときに相対的に長い加熱時間を要します。

それならば、63℃より低い温度帯では\(Z=5\), 高いときは\(Z=8\) を想定すれば、Z-値が不明な場合でも大半のシナリオに対応できます。この場合は、3つ目の表(”Z-値が不明な場合”の表)を使うことになります。Z-値が「同等な加熱条件」に影響を与える際の”クセ”をうまく利用する訳です。

なお、不安なら\(Z=8\) の代わりに\(Z=9.5\)を使ってください。対応範囲がますます広がります。この場合の数値も3つ目の表に併記してあります。

表の値の算出方法

ここは、冒頭の表の計算方法を説明するパートです。計算多めです。

計算の方針

「同等」の評価基準

まず、どのような基準によって、ある加熱条件が、63度30分の加熱と「同等」と評価されるのか、明確にする必要があります。答えは以下の通り:(厚生省の資料からパラフレーズしました)

  • ある加熱条件と63度30分の加熱が同等であるとは、双方の加熱によって達成される殺菌効果が同等であることをいう

計算の方針

計算の方針はシンプルです

  • 63度30分の加熱で達成される殺菌レベルをD-値を用いて算出
  • 別の温度(たとえば64度)でm分加熱した場合の殺菌レベルをD-値を用いて算出
  • この2つの殺菌レベルが等しくなるmを求める

という3ステップから成ります。

「63度のときのD-値ってそもそも与えれてなくない?」という鋭い指摘が来そうですが、実はそんなもの知らなくてもZ-値さえ与えられれば計算できてしまいます。

なぜなら、実際に計算に必要な情報は個々のD-値の具体的値ではなく、興味のある温度(たとえば64度)におけるD-値と63度におけるD-値\(D_{63}\)のだけです。しかも、そのD-値の比は、次に紹介する式から分かるように、Z-値と加熱の温度差にしか依存しません。よって、本質的に重要な情報はD-値ではなく、Z-値です。

D-値の計算式

Z-値と、ある温度\(T_{c}\)におけるD-値\(D_{T_{c}}\)が与えられたとき、別の温度\(T\) におけるD-値\(D_{T}\)は次のように求められます。

\(D_{T} = D_{T_{c}} \times 10^{\frac{T-T_{c}}{Z}} \)

(上の例で計算したものと合致するかどうか確かめるために、\(Z=6, D_{53}=5\) のときに\(D_{59}\)をこの式に従って求めてください。 )

なぜ、この式で新しいD-値が求められるか、という数学的議論については(私は大好きですが)踏み込まないことにします。興味のある人向けに端的に書けば、上で紹介したD-値についての記事中にD-値の数学的定義があって、それから上のD-値計算式が演繹できます(初歩的な常微分方程式を解くだけ。やってみてください)。

表の値の算出方法

さて、Z-値は任意に与えられたものとして、64℃で何分加熱すれば、「63℃30分と同等」なのか考えてみましょう。そのためには、「63℃30分」の加熱で細菌はどの程度死滅しているのか? という点からスタートすると見通しが良いです。

63℃30分で細菌はどれくらい減っているか?

いきなり答えを言ってしまうと、63℃30分の加熱によって、細菌は加熱開始前(=初期量)の\( 10^{-\frac{30}{D_{63}}}\), つまり\( 10^{\frac{30}{D_{63}}} \) 分の1にまで減っています。仮に、\(D_{63}=3\)だとすると、100億分の1に減っています2)玄人向けに言えば、10D-reduction

簡単かつ直観的に説明するために\(D_{63}=3\)だとしましょう。このとき、細菌を63℃で加熱殺菌すると、加熱開始後\(D_{63}=3\)分で生菌数は加熱前の\(\frac{1}{10} = 10^{-\frac{3}{D_{63}}}\)になります。

さらに\(D_{63}=3\)分加熱(つまり合計6分加熱)すると生菌数は初期量の\(\frac{1}{10} \times \frac{1}{10} = 10^{-\frac{3}{D_{63}}} \times 10^{-\frac{3}{D_{63}}} = 10^{-\frac{6}{D_{63}}}\)になります。以下同様にして、加熱時間経過に伴って、10の肩に乗る分子がどんどん大きくなっていき、30分加熱時点で生菌数は初期量の\(10^{-\frac{30}{D_{63}}}\)にまで減少します。

殺菌レベルで”64℃m分 \(=\) 63℃30分”となるmを求める

64℃でm分加熱したときも上で説明した理屈と同様に、生菌数は初期量の\(10^{-\frac{m}{D_{64}}}\)になります。

この減菌のレベルが63℃30分と同等の減菌レベルになるmを求めれば、64℃m分と63℃30分は同じ殺菌レベルを達成している、すなわち、加熱殺菌の方法として同等です。よって、以下の等式を満たすmを求めればミッションコンプリートです:

\(10^{-\frac{m}{D_{64}}} = 10^{-\frac{30}{D_{63}}} \).

10の肩の乗数が等しいとき、かつそのときにのみ等号が成立するので、上の等式は以下と同値:

\(\frac{m}{D_{64}} = \frac{30}{D_{63}} \).

すなわち、

\( m  = 30 \times \frac{D_{64}}{D_{63}} \tag{★}\)

さて、右辺のD-値の比を求めるために、D-値の計算式を思い出しましょう。それは次のような形をしていました:

\(D_{T} = D_{T_{c}} \times 10^{\frac{T-T_{c}}{Z}} \).
\(D_{64} = D_{63} \times 10^{\frac{1}{Z}} \).
\( \frac{D_{64}}{D_{63}} =10^{\frac{1}{Z}}\).

2段目の式は1段目の式に\(T=64, T_{c} = 63\)を代入したものです。
3段目の式は2段目の変形です。お目当てのD-値の比になりました!

3段目の式を(★)右辺に代入すれば

\( m = 30 \times 10^{\frac{1}{Z}}\)

これに好きなZ-値を代入すれば63℃30分と同等の64℃m分が求まります。お疲れ様でした。全く同様の作業によって、冒頭の表の値が全て求められます。

計算してみて分かったこと

計算の方針を説明したときに述べたように、m を求める最後の計算式はZ-値と温度差(ここでは\(1=64-63\)度)のみで記述されています。

このことは地味ですが、重要な点です。63℃30分と同等の加熱殺菌の方法を求めるのに、\(D_{63}\)の具体的な値を知らなくて済むからです。D-値は細菌によってかなり幅がありますが(芽胞性細菌の場合桁外れに大きいときもある)、Z-値は大まかな幅が与えられています。仮に、冒頭の表の数値をD-値別に切り分ける必要があったとしたら、全部で何万通り計算する必要が生じるか見当もつきません。

その意味で冒頭の表は非常にシンプルに整理されたものだと(手前味噌ながら)思います。Z-値さまさまです。だから面倒臭がらずにZ-値と仲良くなってあげてください。(←単にこれが言いたかった。笑)

Z-値を考えた人えらい。

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参考文献

[1]知っておきたい殺菌・除菌・滅菌技術
[2]食品安全監視センター通信


   [ + ]

1.どんな温度を中心に考えてもZ-値は常に一定なのか? という疑問を持った方は鋭いです。答えは、「経験上はYES、ただし、例外もある。」です。[1]参照
2.玄人向けに言えば、10D-reduction
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“63度30分と同等な加熱条件420パターン一覧” への4件の返信

  1. いつも読ませて頂いております。
    算数・数学にとあまり仲良くなれなかった私でも、何とか分かった気になれるくらいのレベルに噛み砕いて書いてくださって、とてもとてもありがたいです。

    ひとつ質問なのですが、
    Z-値の章の、例1,2についてですが、「D53=5(min)、Z=6」とありますので、例題のD62はD59と読み替えてもよろしいのでしょうか?

    1. こんばんは。
      理解の助けになったのであれば書いた甲斐がありました。

      D59が正しいです。修正しますね。
      ご指摘ありがとうございます!

  2. 食品関係の仕事をしているのですが、ものすごく勉強になります。
    ノロウィルスの死滅する85度以上1分加熱と同等な加熱条件を出したいのですが、計算方法がわかりません。
    良かったら教えていただけないでしょうか?

    1. ノロウイルスの熱耐性(D-value), 熱感受性(z-value)は全く不明なので、85度1分というタンパク質の一般変性温度をノロの死滅条件として採用しているのが現状です。
      何らかのz-valueを仮定すれば85度1分と同等の加熱条件は機械的に計算できますが、算出された加熱条件でちゃんとノロが死滅する保証は全くありません。
      したがって、この方法はオススメしたくないという意味も込めて、具体的な計算方法を紹介することは控えさせていただきます。

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