牛肉に付着する細菌・寄生虫などの食中毒リスク要因を整理して、その死滅温度(D-値)を一覧化しました。

この記事は、以下の記事の牛肉バージョンです。

豚肉バージョンも近日中に書きます。

鶏・牛・豚の3記事も読みたくない人は、以下の記事に鶏肉・牛肉・豚肉ひっくるめた全リスク要因に対応した死滅温度一覧がありますので、それだけ見ておけばいいかと思います。ちょっと”大味”な論理で一覧表を作っているので、鶏肉・牛肉などのリスク要因を個別に精査した場合よりも値が上振れしていますが、実用性は十分です。

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リスク要因の死滅温度一覧

初めに、お目当てのものをどうぞ。

Table D-value beef

赤字: 耐熱性1位
青字: 耐熱性2位
ND: No Data(データなし)
寄生虫については、D-値では死滅温度
ND隣の()の中身は推測値(根拠は後述)

D-値が初耳の方は以下の記事をどうぞ。

以下で、どうやってこの一覧ができているか・注意点を説明します。

鶏・牛・豚共通リスク要因の整理

以下の記事で書いた”鶏・牛・豚共通リスク要因の整理”と同じ内容です。既に読んだことのある方は、ここをスキップして、次の”牛肉のリスク要因の整理”に進んでください。

リスク要因の洗い出し

鶏肉・牛肉・豚肉に共通するリスク要因は以下の通りです。[1]の食肉の危害となりうる病原体のリストから抽出しました。(クリックで個別の詳細情報に飛べます)

エルシニア・エンテロコリチカについては、日本では豚以外からの検出はありませんが、世界的には豚以外からでも検出されるため、念のため記載しています。

共通リスク要因の制御方法

これらのリスク要因については、詳しい死滅条件が分かっているため、十分な加熱殺菌を行うことは通常1)食品を常温放置したりして細菌群に繁殖を許した場合とかが例外難しくありません。よって、(ジビエや豚肉における)E型肝炎ウイルスなどと異なり、これらのリスク要因が制御方法未知の不確定要素として浮上することはありません。

ただし、詳しい死滅条件という点では、ボツリヌス菌の栄養細胞2)栄養細胞 = 増殖できる状態の細胞。ボツリヌス菌は耐熱性の芽胞(身を守るバリアみたいなもの)を形成するため、研究の中心は芽胞の破壊条件に置かれていて、栄養細胞についての研究が全然発見できない。は例外です。栄養細胞の生育条件についての文献はありますが、その高温下における死滅速度(つまりD-値)についての文献は見当たりません。

しかし、調理後の長期保存を考えない限り、ボツリヌス菌が問題となることはありません。3)そもそも検出されること自体が稀だし[1]、毒素生成までかなり(日単位)の時間がかかるボツリヌス食中毒の予防の大枠を掴んでおけば十分です。

また、セレウス菌・ウェルシュ菌の芽胞も無視します。栄養細胞を倒しておけば、その後の温度管理をよっぽどサボらない限り、これらの芽胞に起因する問題は発生しないからです。

牛肉のリスク要因

牛肉のリスク要因のうち、上述の共通リスク要因以外で考慮すべきものは以下の通りです。

 

マンソン裂頭条虫・ブタ回虫については、鶏肉編にも書きましたが、記事をself-contained にするために全く同じ内容を以下に書きます。既に鶏肉編を読んでいる方は、サルコシスティスの項まで進んでください。

なお、無鉤条虫はマンソン裂頭条虫などと同じ条虫の仲間で、死滅温度も同様と考えられるため説明を省略します。

マンソン裂頭条虫・ブタ回虫の死滅条件

これらの正確な死滅温度は既存文献では確認されていません。同種の寄生虫の死滅条件から推測するに、

  • マンソン裂頭条虫→56度瞬時で死滅、52度長時間で死滅
  • ブタ回虫→アニサキスと同様の死滅条件(50度×10秒、55度×10秒、60度×1秒)

などと考えられます。なぜか?

マンソン裂頭条虫の死滅温度

食肉の筋肉中に存在し得るマンソン裂頭条虫の幼虫の死滅温度をテストしたデータは、私の知る限りありません(ご存知の方、是非是非コメントください)。しかし、他の条虫(有鉤条虫無鉤条虫など)の幼虫は56度(瞬時)で死滅するため、マンソン裂頭条虫についても同様と推測されます。

通常、寄生虫(と細菌)は、”ある温度”(仮に\(T_{\text{slow}}\)呼びましょう)を境に徐々に死滅へ向かい始め、さらに高温(仮に\(T_{\text{instant}}\)と呼びましょう)では瞬間的に死滅するようになります。他の条虫類では\(T_{\text{instant}}=56\)度でした。また、他の寄生虫の死滅条件を見ていくと、\(T_{\text{instant}}-T_{\text{slow}}\) の差は10度以上あるので、(他の条虫含め)マンソン裂頭条虫も52度などで”やがて”死滅すると推測されます。

ただし、これらは全て”推測”に過ぎません。この推測に納得できない場合は、加熱温度を高くしたり、加熱時間を増やしたり、そもそも低温調理をしないという選択を勧めます。

ブタ回虫の死滅温度

食肉中のブタ回虫の死滅温度も分かっていません。死滅温度としては、クジラに寄生する回虫であるアニサキスの死滅条件が参考になるかと思います。なぜなら、アニサキスも回虫の一種であり、私たちがよく知るアニサキスの幼虫は、食肉中のブタ回虫と同じ発達ステージにある(第3期幼生)ため、同様の耐熱性を持つと考えられるからです。このように想定する場合、50度10秒の加熱でブタ回虫の問題は「クリア」したことになります。

めちゃめちゃ慎重に考えるなら、食肉中の回虫の幼虫を回虫卵5)非常に耐熱性が高いと同じくらいの耐熱性を回虫の幼虫も持つと仮定する手もあります6)ブタ回虫の卵のデータはないので、ヒト回虫の卵の耐熱性で代用する。ヒト回虫とブタ回虫は非常に近い種と考えられているため、優秀な代用品だと思います。。その場合は、再度めちゃめちゃ慎重になって、12D-reduction を確保することになるのかと思います。

住肉胞子虫(Sarcocystis cruzi)の死滅条件

サルコシスティス(ここでは牛に寄生するSarcocystis cruzi)の死滅条件についての情報は断片的です。文献で確認される限りでは、40度17時間、60度5分の2つだけです。

この間の温度(53度とか)におけるデータが欠落しているため、50度台での加熱調理は若干の不確定要素が伴います。サルコシスティスのリスクを確実に排除したければ、59度以下では17時間以上が安全ラインです。

しかし、サルコシスティスの情報不足のために「60度なら5分でいいが、59度なら17時間を選べ」というのは極端な気もします。よって、例のごとく加熱の目安を推測で提示します: 下図の点線がその目安です。

Sarcocystis cruzi の報告死滅温度(赤い点)と推測値

実曲線

Sarcocystis cruzi(の体内の毒性タンパク質) の不活性化7)サルコシスティス自体は人には寄生しない。問題となるのはその体内の毒性タンパク質。条件は、図のような下に膨らんだ(下に凸な)実曲線になるはずです。8)微生物のD-値のように、対数変換すると右肩下がりの直線になるはずだから。

しかし、図のように下に膨らむはずではあるものの、その膨らみがどの程度かは分かりません。分かっているのは、40度17時間、60度5分という(未知の)曲線上の2点だけです。

点線の直線

しかし、図のように下に膨らむ曲線は、その曲線上のどんな2点(ここでは、40度17時間、60度5分の2点)を結んだ線分よりも下に位置します。そのため、

「この点線上の加熱条件を選べばSarcocystis cruzi の実際の死滅条件よりも強力な加熱になるから、Sarcocystis cruzi のリスクは回避できるはず」

という推論が一応成立します。この点線が、牛肉の低温調理における”比較的安全そうな冒険”と”より危なっかしい冒険”を分ける1つの目安になるかと思います。ちなみに、この点線は、\(\text{Time} = 3050 -50.75 \times \text{Temperature} \) という一次方程式です。

とはいえ、これはあくまで推論です。繰り返しになりますが、サルコシスティスのリスクの排除において不確実性を減らしたければ、既知の死滅条件である”40度17時間、60度5分”以上の加熱をしてください。

関連記事

食中毒予防一般

食中毒予防のためには、細菌などの死滅条件を知ることも大切ですが、

  • そもそも食中毒はどのようにして起こるのか
  • その食中毒を起こす原因である生物はどのようなものがあるか

の2点を頭に入れておくことが重要です。以下の記事でこの2点を押さえてしまってください。


低温調理・真空調理

大雑把に言って、低温調理・真空調理の第一歩は中心温度の管理にあり、その次に殺菌レベルの管理にあります。以下の記事でこの2点をカバーできます。


参考文献

[1]危害要因の性質等について(食中毒・汚染率等)
個別の細菌・寄生虫などについての参考文献はその個別ページに参考文献に記載しているので、ここでは省略。

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おすすめツール

Nick が真空調理で使っている道具たちを一部紹介しておきます。

Anova

個人的にはこれ一択。そのうち記事で書きますが、Wi-Fi が圧倒的に便利。外出先にいながら火入れのコントロールが可能。加熱を複数温度に分けて行うなどの場合、外出先から出来ないと不便過ぎる。
最適な加熱条件が分かっているなら、帰宅が遅れた場合に出先から加熱温度を下げて火入れの進行を遅らせる技も使える。

あとは、温度コントロールが命の商品なので、実績あるAnovaが一番安心できるという側面も。安物買って気づかないうちに温度センサー壊れてた→食中毒…とかシャレにならない…。

ポリ袋

ワタナベ工業ポリ袋がいいと思います。ジップロックと比較して1枚あたり50%以上のコストダウンが図れます。野菜500gだって余裕で入る。


Nick はこの袋を400枚まとめ買いしてますが(既に1000枚は使った笑)、お試ししたい人向けに、40枚セットのリンクも一番下に貼っておきます。

ただ、ワタナベ工業ポリ袋にはジッパーがないので、密閉時にはクリップイットを。ポリ袋をクリップイットで留めるだけで簡単に密閉できます。袋の真ん中らへんなど、好きな位置で止められるので便利です。

また、クリップイットは-20~140度の温度耐性があり、湯煎にかけたり冷凍庫に放り込んだりしても2年以上1つも壊れていません。かなり丈夫です。

Nick はワタナベ工業ポリ袋 & クリップイットのコンビに非常に広い応用路を見出しており、真空調理 / 通常調理問わず、使わない日はまずありません。(追って記事書きます。)迷ったら買うべし。後悔させない自信ある。


2018/03/21時点: Amazon だと40枚セット販売、楽天だと40枚×2セット販売で少し割安となっています。(どちらも送料無料)


   [ + ]

1.食品を常温放置したりして細菌群に繁殖を許した場合とかが例外
2.栄養細胞 = 増殖できる状態の細胞。ボツリヌス菌は耐熱性の芽胞(身を守るバリアみたいなもの)を形成するため、研究の中心は芽胞の破壊条件に置かれていて、栄養細胞についての研究が全然発見できない。
3.そもそも検出されること自体が稀だし[1]、毒素生成までかなり(日単位)の時間がかかる
4.マンソン裂頭条虫は哺乳類全般に感染し得るので念のため。
5.非常に耐熱性が高い
6.ブタ回虫の卵のデータはないので、ヒト回虫の卵の耐熱性で代用する。ヒト回虫とブタ回虫は非常に近い種と考えられているため、優秀な代用品だと思います。
7.サルコシスティス自体は人には寄生しない。問題となるのはその体内の毒性タンパク質。
8.微生物のD-値のように、対数変換すると右肩下がりの直線になるはずだから。
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