ネット上の低温調理関連の情報が増えてきましたが、そこで伝えれらている情報は正確なものばかりではありません。

そこで、低温調理の安全性にやたら詳しいNickが不正確な情報にひたすらツッコミを入れていく、という大変嫌味な記事を作ってみました。掲載元がどこかは書きませんけどね。。

分からない人にとっては、こういう記事って有り難いんじゃないかなーと。

なお、今回は【安全性編】ということで食中毒予防関連の情報にフォーカスしてお送りします。【美食編】もそのうち作ると思います。

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肉の表面にしか菌はいないって本当?

嘘だと思った方がいいです。細菌類は基本的に「と殺の段階で食肉部に付着する」という認識は正しいですが、その細菌がご親切にずっと表面だけに留まってくれるかどうかは別問題です。

厚生省が出している生食用食肉(牛肉)の規格基準設定に関するQ&A のQ4から引用します。

1 今回の規格基準の設定に当たり実施した試験において、以下についての知見が得られています。
① 牛のとさつ・解体後、熟成が進むにつれ、腸管出血性大腸菌がより深部に浸潤すること
② 菌体の生肉への接種から1時間後、肉塊の表面から1cm の部分から菌体が検出されたこと

つまり、当初表面にいた細菌が時間の経過とともに、肉の内部へと潜っていくという現象が確認されているということです。これは、行政が食品の規格基準を改定する動機となるほどインパクトのある知見です。

さらに悪いニュースとして、肉を調味液に浸したり(ウェットブライニング含む)しても細菌の内部侵入は起こります。特にカンピロバクターについては、そのような処理なしでも内部侵入していくことはよく知られた事実です。

一部の生食可能な肉を除いて、一般のスーパーに並んでいる食肉は「十分な加熱」をされることを前提として流通しており、上で見たような菌の「内部侵入」を防ぐ対策は積極的には行われていません。

したがって、「肉の表面にしか菌はいない」という主張は、と殺直後については概ね正しいですが、我々一般消費者が手にする肉については誤りです。

なお、仮に細菌の内部侵入がなかったとしても、寄生虫やE型肝炎ウイルスは筋肉中に存在する場合があります。

教訓としては、「表面さえ加熱しておけば内部は気にしなくてOK」的な主張は全部アウトってことです。

40~55度は菌が活発に活動する温度?

色んなサイトで書いてある情報ですね(おそらく最初に掲載したサイトの情報に他サイトが追随したのでしょう)。低温調理するとき、この温度帯は早めに抜けましょう、的なことが書いてあります。

これはまぁある程度は合ってますが、ちょっと補足したくなります。食中毒細菌は50度台より30度台の方が活発に動くので。

食中毒細菌の増殖温度帯

「HACCP 衛生管理計画の作成と実践データ編」掲載のデータを綺麗にまとめてくれている資料、食品冷凍の理論から食中毒細菌の増殖条件を引用して紹介します。

これを見ると分かりますが、食中毒細菌が最も活発に活動するのは35~45度くらいの温度帯です(水分活性やpHにも依存する)。1)食中毒細菌以外の乳酸菌とか変敗菌類を含めれば55度で動くものもいるが、発育条件が複雑で通常問題にならないので無視します。

また、ここには書いてありませんが、活発に活動すると言っても、その時の細菌の増殖スピードには細菌ごとにバラツキがありますし(腸炎ビブリオとかウェルシュ菌は早いが、ボツリヌス菌とかは遅い)、至適温度帯でなくても十分早く増殖する細菌もいます。

低温調理者への標語

ざっくり覚えるなら「10度以上50度以下の時間を短くせよ」ということになります。

10度以下でも増殖する細菌はいますが、低温下では増殖スピードが極端に鈍ります。そのため、湯煎加熱の過程で8度とかの時間が多少あっても、それによって食中毒リスクがハネ上がることはないので、そんなに神経質にならなくて大丈夫です。

蛇足ですが、Anovaで湯煎加熱中の鶏胸肉の中心温度を1分1度単位でモニタリングしたデータがあるので、加熱中の食材の温度推移に興味があればご確認ください。5サンプル試しましたが、厚みによって温度変化はかなり変わります。

増殖曲線の詳細

念のため書いておきます。個別の細菌の増殖曲線が知りたければ、国際的な微生物データベースであるComBase(チュートリアル含め全て英語)などで確認できます。Combaseの使い方は以下の記事で解説しています。

特定加熱食肉製品の加熱基準「63度瞬時」を守れば安全?

「63度瞬時」に頼りたくなる動機

低温調理の安全性の根拠を見つけようとして、多くの人が安易に飛びつくのが特定加熱食肉製品(ローストビーフとか)の加熱基準である「63度瞬時」というものです。(ここでの「63度瞬時」の意味は、63度のお湯に一瞬付けるということではなく、肉全体の温度を63度にする、という意味です。)

気持ちは分からなくもありません。おそらく、「この加熱基準に従って作られたローストビーフが安全なんだから、この加熱基準を使って手元の肉を低温調理すれば同じく安全に違いない」という理屈を考えているのでしょう。

しかし、その理屈には根本的に欠陥があります。

問題の所在

上の理屈が破綻している決定的な要因は、特定加熱食肉製品は「63度瞬時」という加熱のみで安全を確保している訳ではないからです。

事実、特定加熱食肉製品の安全確保のために、この加熱条件以外に求められる基準は沢山あります。

具体的には使用する食肉の鮮度、と殺後以降の細かい温度&pH管理・付着している細菌量などです([1])。さらには事業主体が食肉製品製造業に当たるため、食品衛生管理者の設置や、家庭では適合不可能な大層な施設基準2)二次汚染防止のための厳格な空間設計などを含むを満たす必要があります([2,3])。

これらの業務用の要素はどれも家庭では守る(or検証する)ことはできません。3)と殺後の肉の温度管理などは特定加熱食肉製品用と一般流通用では違うと想定。なぜなら一般流通用の肉の基準は特定加熱食肉製品ほど厳しくないからそのため、特定加熱食肉製品が安全を確保する「仕組み」を家庭で利用することは不可能です。

したがって、特定加熱食肉製品の加熱基準「63度瞬時」を抜き出し根拠として”家庭での”低温調理の安全性を主張することは不可能です。

特定加熱食肉製品の安全確保の仕組みを無視して、純粋に63度瞬時の加熱でどれくらい減菌されているかを考えるなら、D-値を用いた全く別の議論が必要です。

知らない人向けに説明すると、D-値とは細菌の死滅速度を定量的に表現したもので、これによって殺菌の強さの程度を定量的に評価できます。

そもそも低温調理っていつどうやって殺菌してるの?

文字通り、60度台(場合によってはこれ以下)の低温湯煎加熱で殺菌しています。決して「最後にフライパンで焼き付ける」段階で殺菌している訳ではありません。最初に検証した通り、肉の内部にも細菌は居ますし、その殺菌は表面加熱だけでは不十分です。

60度台なんかで殺菌できるの?

可能です。殺菌対象に若干の制限は出ますが、缶詰の保存食などを作ろうとでもしない限り、十分なレベルの殺菌が行えます。

100度などの高温での加熱に慣れている人にとっては違和感があるでしょうが、加熱殺菌の理論に従えば、95度1秒と63度30分の加熱は同レベルの殺菌を達成します。4)Z-値が9.5℃の場合。ただし、芽胞性細菌やノロウイルスは殺菌対象外

分かりやすい例: 低温殺菌牛乳

身近な例としては、低温殺菌牛乳があります。高温殺菌牛乳はほとんど瞬時に加熱殺菌が可能ですが、低温殺菌牛乳の場合はそれと同等の殺菌を63~66度などで30分くらいの時間をかけて低速で行います。

このような低温加熱をすることで、牛乳の旨味成分を含むタンパク質の変性を抑えて、高温殺菌牛乳では失われてしまう風味を留めることができる、という訳です。低温調理/真空調理の思想とよく似ていますね。

初心者向け加熱基準

正直なところ、食中毒予防一般の勉強してからAnovaとかに手を出してくれ…というのが本音ですが、好奇心に負けてしまった人も多いと思います。

そのような方への処方箋として、まずこの「63度30分」の加熱条件(これは牛の肝臓・豚肉などの食肉製品に求められる法定の加熱条件。)を守って調理することを薦めたいと思います。シンプルで覚えやすい上に、行政のお墨付きもあり、かつこの加熱による殺菌理論値を計算してみると、十分な殺菌結果が得られるからです。

ただし、この「63度30分」は、食材を63度のお湯で30分湯煎する、という意味ではなく、食材を湯煎にかけた後に食材全体が63度に達したら30分間その状態を保持する、という意味です。

湯煎中の食材がいつ水温とほぼ同じ温度に達するかどうかは、以下の記事の数字を使ってください。その数字に30分足した時間だけお湯の中に入れておけば「63度30分」の加熱が実現できます。

最後に

1番言いたかったことを最後に書きます:

ネット上の低温調理の「安全性」周りの情報は、信頼できないものが本当に多いです。(とネットで書く自分に矛盾を感じますが..)

例としては、

  • 調理に用いる加熱条件の安全性の根拠を全く述べないもの
  • 一個人の体験談を過剰に一般化して「このやり方ならば安全です!なぜなら私は大丈夫だったから」みたいな暴論
  • 細菌の死滅条件とか調べてるけど、洗い出しが不十分で見逃しているリスク要因の方が多いのでは、と思うもの
  • 参考文献のない出典不明のデータを持ち出してくるもの
  • 湯煎加熱中の食材の中心温度について全く記載がないもの

などなど、頭が痛い状態です。そんな中で、個人が「安全に」低温調理を行うには、調理者自身が正確な情報を選別して吸収していく必要があり5)私は研究論文を読み漁りました。その成果がこのブログです。、かなり高いリテラシーが求められるのが現状だと思います。

そんな「怪しげな情報発信者」にならないよう私も日々努力している状態ですが、あくまで個人。疑ってかかって読み、疑問に思えばブログのコメントなり、Twitter なりでお気軽に質問・ご批判ください。歓迎します。

p.s. 低温調理関連の怪しげな情報をキャッチした方はどうか私Nickまでご一報を。記事のネタにさせていただくかもしれません。笑

参考文献

[1]食品別の規格基準について. 食肉製品. 厚生省.
[2]営業許可業種別施設基準. 石川県.
[3]施設基準(食品衛生法)

関連記事

安全管理の腕をレベルアップさせるのための記事。低温調理でのリスク制御を細かく考えるとこういう内容になるよ、という記事。とっつきにくいですが、実践すればすぐに慣れます。

低温調理の安全性を支えるD-値についての解説記事です。

以下、食肉の種類ごとに付着している食中毒細菌などのリスク要素をリストアップし、その死滅条件を一覧化したもの。鶏肉・牛肉・豚肉版があります。

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おすすめツール

Nick が真空調理で使っている道具たちを一部紹介しておきます。

Anova

個人的にはこれ一択。そのうち記事で書きますが、Wi-Fi が圧倒的に便利。外出先にいながら火入れのコントロールが可能。加熱を複数温度に分けて行うなどの場合、外出先から出来ないと不便過ぎる。
最適な加熱条件が分かっているなら、帰宅が遅れた場合に出先から加熱温度を下げて火入れの進行を遅らせる技も使える。

あとは、温度コントロールが命の商品なので、実績あるAnovaが一番安心できるという側面も。安物買って気づかないうちに温度センサー壊れてた→食中毒…とかシャレにならない…。

ポリ袋

ワタナベ工業ポリ袋がいいと思います。ジップロックと比較して1枚あたり50%以上のコストダウンが図れます。野菜500gだって余裕で入る。


Nick はこの袋を400枚まとめ買いしてますが(既に1000枚は使った笑)、お試ししたい人向けに、40枚セットのリンクも一番下に貼っておきます。

ただ、ワタナベ工業ポリ袋にはジッパーがないので、密閉時にはクリップイットを。ポリ袋をクリップイットで留めるだけで簡単に密閉できます。袋の真ん中らへんなど、好きな位置で止められるので便利です。(このレシピで使ったのは70mmのやつ)

また、クリップイットは-20~140度の温度耐性があり、湯煎にかけたり冷凍庫に放り込んだりしても2年以上1つも壊れていません。かなり丈夫です。

Nick はワタナベ工業ポリ袋 & クリップイットのコンビに非常に広い応用路を見出しており、真空調理 / 通常調理問わず、使わない日はまずありません。(追って記事書きます。)迷ったら買うべし。後悔させない自信ある。


2018/03/21時点: Amazon だと40枚セット販売、楽天だと40枚×2セット販売で少し割安となっています。(どちらも送料無料)


   [ + ]

1.食中毒細菌以外の乳酸菌とか変敗菌類を含めれば55度で動くものもいるが、発育条件が複雑で通常問題にならないので無視します。
2.二次汚染防止のための厳格な空間設計などを含む
3.と殺後の肉の温度管理などは特定加熱食肉製品用と一般流通用では違うと想定。なぜなら一般流通用の肉の基準は特定加熱食肉製品ほど厳しくないから
4.Z-値が9.5℃の場合。ただし、芽胞性細菌やノロウイルスは殺菌対象外
5.私は研究論文を読み漁りました。その成果がこのブログです。
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