鶏肉や豚肉は生では食べられないのに、どうしてマグロの刺し身は生で食べれるのでしょう?
魚は「鮮度」が良ければ安全に刺し身で食べれるとか聞くけど、鮮度が重要な理由は?
鮮魚の食中毒リスクを規定する諸々について整理します。

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魚介類のリスク要因の整理

自然毒や化学物質由来のリスクを除くと、魚介類の典型的な食中毒リスク要因は

  • 腸炎ビブリオ
  • ノロウイルス
  • E.coli (生食用牡蠣の規格基準)
  • 寄生虫(アニサキス・条虫など)

などになります。リステリア・モノサイトゲネスや二次汚染由来のサルモネラなども可能性としてはゼロではありませんが、中心的なものは上記4つになります。

この記事では、鮮魚の最も典型的な細菌リスクである腸炎ビブリオにフォーカスしてデータを整理します。この記事で鮮魚のリスクの全てをカバーする訳ではない点に注意。

ノロウイルスなどの詳細データについては機会があれば別記事で取り上げたいと思います。

腸炎ビブリオ食中毒のリスク変数

腸炎ビブリオについて、まず概要を。腸炎ビブリオ(VP)は感染型と毒素型の中間に位置する食中毒細菌で、

VPを含む食品を摂取
→VPが溶血毒(またはその類似毒素)を排出
→溶血毒が腸管に作用
→下痢など

という流れでよろしくないことを引き起こします。

リスク発現に毒素が関与しているので少しややこしいですが、発症確率および発症時の症状の深刻度を規定するのは(他の細菌感染型食中毒と同様に)、

  • 摂取した細菌の量
  • 細菌を摂取した人のリスク感受性

という2要素です。したがって、VPリスクへの理解は、これらの2要素に対する理解に帰着されます。リスク感受性については後回しにして、まずは細菌の量を掘り下げて考えていきます。

摂取細菌量

細菌を大量に摂取すればするほど高リスクなのは説明不要でしょう。実生活に活かすために知りたいのは、

  • どれくらいの量のVPを摂取すると問題になるのか(発症菌数)
  • どれくらいの数のVPが元から食品(ここでは魚)に付着しているのか(初期付着量)
  • 食品中のVP数を減らす手段とその減少レート
  • VPの増殖レート

などの情報です。これらのデータを見ていきます。なお、以下の記事くらいの知識は仮定して話を進めるので、自信がない人は読んでおいてください。

発症菌数

10万~100万個のVP摂取で無視できないレベルの発症確率が生じると評価されています。食品安全委員会のリスクプロファイルに発症確率の推定値を整理したものがあるので抜粋:

出典:食品健康影響評価のためのリスクプロファイル~生鮮魚介類における腸炎ビブリオ~

横軸はVP摂取量です。FDA提案のものを中心に多くの推定が提案されていますが、FDA提案のものの中ではFDA12(太線のもの)が、リスク算定のシミュレーション内で最も高頻度で現れたものになります。

そのFDA12を例にグラフの見方を説明すれば、摂取量が\(\log_{10} = 5\) つまり\(10^{5}\)程度のときの発症確率は0.05くらい、摂取量が\(\log_{10} = 6\) つまり\(10^{6}\)程度のときの発症確率は0.3くらい、となります。

注意すべき点として、VPの発症確率を規定するのは、食品中のVP濃度(\(10^{x}\)個/g)ではなく、菌の絶対摂取量(個)です。

したがって、\(10^{2}/\)個/g 程度のVP濃度の刺し身を1kg食べれば上のグラフでいう用量=5のリスクを抱えます。食べ過ぎは禁物です。

細菌初期量

VPは海水中に自然に存在し、魚介類の表皮に付着します。そのため、魚のVP一次汚染の程度は海水中のVP濃度とリンクします。そして、海水中のVP濃度は海水温とリンクします。VPはヒトの体温付近で活発に繁殖し、逆に低温では繁殖しないためです。

魚に付着するVPの数について、参考となる情報をまとめます。

直接データ

具体的に魚の表皮のVP汚染レベルをまとめた食品安全委員会のリスクプロファイル(pp15)によれば、

底層根付魚のカレイからは、5 月ごろから検出され始め、10 月に MPN 値が \(10^7\)/g に達し、11 月には \(10^3\)/g まで減少する。上層周遊魚のアジやコノシロからは、6 月ごろから検出され始め、7~8 月にはピークに達する(MPN 値 \(10^5\)~\(10^7\) /g)とされている.

※MNP=最確値(Most Probable Number)1)雑に言えば、サンプル中で最も高頻度で観察された値のこと

また同資料によれば、VPは

主にエラ及び消化管に高菌数(\(10^{1.4}\)~\(10^{4.1}\) cfu/g)で分布している

とのこと。カレイやアジなどに対する計測結果が他魚種に対して同じく妥当するのかはやや疑問ですが、「この程度の付着量は覚悟すべき」という参考情報としては十分役立つかと思います。

間接データ

上のデータでは、ピーク時の参考値は分かりましたが、他の期間の値が不明です、その点を(荒くですが)補足したいと思います。

その方法としては、「魚介類に付着する生菌数→そのうちのビブリオ属の割合→そのうちのVPの割合」と考えることでVPの付着量をざっくり推定します。

ICMSF(International Commission on Microbiological Specifications for Foods)発行のMicroorganisms in Foods 6: Microbial Ecology of Food Commodities に、魚介類の生菌数について以下のような記述があります。(雑に訳したので英語読みたくなければ僕の訳をどうぞ)

Microbial levels vary depending on water conditions and temperature. Finfish and crustaceans from colder (<10–15◦C) waters generally yield counts of \(10^2 – 10^4\) cfu/\(\text{cm}^2\) of skin and gill surface, whereas animals from warm waters have levels of \(10^3 – 10^6\) cfu/\(\text{cm}^2\). Tropical shrimps carry higher numbers of bacteria, \(10^5 – 10^6\) cfu/g, than cold-water species, \(10^2 – 10^4\) cfu/g. Counts for intestinal contents vary widely from as low as \(10^2\) cfu/g in non-feeding fish to \(10^8\) cfu/g in actively feeding species. Counts in molluscs show marked variation with water temperature from \(\le10^3\) cfu/g in cold unpolluted water to \(\ge 10^6\) cfu/g in warm waters or when bacterial pollution levels are high.

※cfu は Colony Forming unit の略で細菌を数える際の単位。”cfu = 個”だと思ってください。cfu/g だったり cfu/\(\text{cm}^2\) だったり、計数方法が一様でない点に注意。

【Nick訳】
細菌数は水質と水温に依存する。一般に、10~15℃の水温域のFinfish(カレイ目以外の魚類)、crustacean(甲殻類)の表皮やエラからは\(10^2 – 10^4\) cfu/\(\text{cm}^2\)が検出され、より温暖な水域では\(10^3 – 10^6\) cfu/\(\text{cm}^2\)。熱帯地域の海老の生菌数は、冷水に生育するものよりも多く、生菌数はそれぞれ\(10^5 – 10^6\) cfu/g、\(10^2 – 10^4\) cfu/g である。腸管内の生菌数にはバラツキがあり、採餌頻度が高い種では\(10^8\) cfu/g、反対に低い種では\(10^2\) cfu/gである。軟体動物(molluscs)の生菌数も水温水質によって変化し、冷温の汚染のない水域のものでは\(10^3\) cfu/g 以下であるが、高水温であったり細菌汚染レベルの高い水域のものでは\(10^6\) cfu/g を上回る。
【以上】

同じくMicroorganisms in Foods 6 によると、魚介類の生菌数に占めるビブリオ2)必ずしもヒトに対する病原性を持つものばかりではないの割合は0~29%。

食品により媒介される感染症等に関する文献調査報告書 17. 腸炎ビブリオによれば、これらのうち1%程度がヒトに対して病原性を持つ(腸炎ビブリオ)とのこと。

よって、ざっくり計算して生菌数のうち0~0.3%は腸炎ビブリオと見るべきでしょう。そのため、どんな種でも表皮やエラに0.3-300 cfu/g 程度のVP汚染を受けていると考えるべきでしょう。3)これは11月のカレイのVP汚染レベルよりも低い値だが、地域や季節によってVP汚染の程度にはバラツキがあるため、カレイの値よりも低いと考えられるケースのVP汚染レベルを見積もる上で有用

食品規格

スーパーに並んでいる刺し身などはどうでしょうか? 生食用鮮魚介類の規格基準には

腸炎ビブリオの最確数は、検体1gにつき 100 以下でなければならない。

とあります。注意すべきこととして、この基準は最確数で定義されているため、この閾値を破る商品も陳列されている可能性もあります。

なお、生食用鮮魚介類とは、

切り身又はむき身にした鮮魚介類(生かきを除く。)であって、生食用のもの(凍結させたものを除く。)に限る。

と定義されています。

表皮へのVP付着量\(10^4\)cfu/gとかを見た後にこの規格基準を見ると「100cfu/gとか無理じゃね?」と思うかもしれません。が、ご安心を。次に見るように、VPは魚体を水洗いすることでかなりの数を落とせるので、サクにされる前に適切な洗浄を行い、保存温度を十分低くすれば大丈夫です。

食品中のVP減少方法とその減少レート

加熱による死滅条件は腸炎ビブリオに記載。それ以外の方法としては、洗浄と冷温保存があります。

以下の減少データはいずれも食品安全委員会のリスクプロファイル(pp18)記載のもの。

洗浄
  • 溜水(水道水)で1分3回処理すると魚の表皮から\(10^2\)のVP数減少(つまり初期付着量の100分の1に減少)
  • エラと内蔵を取り除いた後に溜水1分3回・氷水2分1回で処理すると魚全体で\(10^1\)~\(10^2\)のVP数減少
  • エラと内蔵を取り除いた後に溜水1分3回・流水1分で処理するとほとんど全てのVPを除ける
冷温保存
  • 魚介類を1~5℃で1日冷蔵すると\(10^1\)~\(10^4\)のVP数減少
  • 7℃で1日冷蔵すると約\(10^1\)のVP数減少

このデータを見ると、適切な冷蔵保存された魚介類ならば、捕獲されてからの時間という意味での「鮮度」とVP数は必ずしもリンクしないようです。鮮度が重要なのは主に魚の味についてでしょう。4)逆にマグロなどはチルドで熟成させます。

ただし、冷温によってVP数をコントロールしても、冷蔵温度や冷蔵期間によっては、冷温下でも活動できるリステリアやシュードモナス属(変敗菌)などが増殖します。そのため、冷蔵保存によって鮮魚の細菌リスクは、短期的には(VP減少により)減少し得ますが、長期には増大し得ます。

冷蔵保存は細菌の活動を止める方法として決して完璧ではないので過信は禁物。細菌制御はなかなか複雑です。

増殖レート

Combase Predictor から増殖曲線を引っ張ってきたいところですが、VPには対応していないようなので、MRVからデータ引いてきます。

横軸は時間(hour)、縦軸はlog CFU、\(\mu\text{Max}\) は曲線の傾きの最大値、Tempは温度、aw は水分活性です。なお、魚のpH は6.0程度、水分活性は0.95-1.0です。

たとえば、刺し身を30℃で放置していると、そこの潜在するVPは1時間で\(10^{1.292}\)倍に増える、という風に読んでください。(冷蔵庫から出した刺し身がいきなり30℃になったりはしないので、現実はもう少し複雑ですが。)

計算例

刺し身(100gと仮定)へのVP付着量が\(10^{1}\)cfu/g程度と軽微だったのに、30℃2時間放置とか良い子は真似してはいけないことをしたとします。

すると、VP数が1時間あたり\(10^{1.292}\)倍に増え、この放置時間の2時間で累計するとVP数は当初の\(10^{2.584}\)倍になります。初期濃度は\(10^{1}\)cfu/gだったので、この刺し身のVP濃度は\(10^1 \times 10^{2.584} = 10^{3.584}\)cfu/g に。

刺し身全体の重さは100gなので、刺し身全体のVP数絶対量は、\(100\times 10^{3.584} = 10^{5.584}\)になります。これを全て1人で食べると(最初に見たFDA12のリスク曲線によれば)10%程度の発症確率にさらされます。

リスク感受性

ここまでは細菌の量の話でしたが、摂取した細菌「量」に人間の身体がどのくらい敏感に反応するかという切り口もあります。それがリスク感受性です。

一般に、乳幼児・高齢者・妊娠中の女性・基礎疾患保有者(at-risk グループ)は、健康な成人に比べてリスク感受性が高くなります。つまり、同量を摂取した健康な成人に比べて発症する可能性が高くなります。

FDA12以外のリスク曲線のどれかがこのようなリスク感受性が高いグループに対応しているのかと思うのですが、元資料が見つからないとか、上記at-riskグループの中でもリスク感受性は一様でない、などの理由により、シャープな定量データは提示できません。(良い資料見つけた人教えてください)

そのため、手持ちの情報から言えることとして、このグループに属している人は、

  • 刺し身のような非加熱食品の摂取には慎重になるべき
  • 摂取するなら摂取量を控えめにして発症確率を低く抑える

ということを心がけるべし、とだけ書いておきます。(詳細な情報を入手できたら追記したいと思います。)

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参考文献

[1]食品健康影響評価のためのリスクプロファイル~生鮮魚介類における腸炎ビブリオ~. 食品安全委員会
[2]Microorganisms in Foods 6: Microbial Ecology of Food Commodities. International Commission on Microbiological Specifications for Foods.
[3]食品により媒介される感染症等に関する文献調査報告書 17. 腸炎ビブリオ. 畜産技術協会
[4]生食用鮮魚介類の規格基準. 厚生省
[5]Microbial Responses Viewer


   [ + ]

1.雑に言えば、サンプル中で最も高頻度で観察された値のこと
2.必ずしもヒトに対する病原性を持つものばかりではない
3.これは11月のカレイのVP汚染レベルよりも低い値だが、地域や季節によってVP汚染の程度にはバラツキがあるため、カレイの値よりも低いと考えられるケースのVP汚染レベルを見積もる上で有用
4.逆にマグロなどはチルドで熟成させます。
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