断言しますが、水蛸の本来の味を最も引き出せるのは生の刺身でもボイルでもなくミキュイです。水蛸の持つ甘み・ミネラル感を、柔らかく歯切れの良い身と躍動的な弾力の吸盤で味わえます。水蛸のミキュイ食べたことないとか絶対損!

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ミキュイについて(復習)

以下の記事の復習です。

ミキュイ(mie cuit)とは、”半生”の状態だと思えばOKです。タンパク質の変性温度をうまく読んで、身が固くならないように低温の加熱で柔らかい食感を作り出します。ステーキでいう”レア”の魚介版みたいなものです。

今回のミキュイがステーキのレアと顕著に異なる点は、加熱温度です。ステーキの場合はメイラード反応の効果を得るために200℃近い高温で加熱しますが、ミキュイではしません。刺し身っぽく仕上げたいので、終始40~50℃の低温で加熱します。

ところが、このミキュイを作る際の加熱温度は、細菌にとっても繁殖に理想的な温度となり得ます。よって、調理にあたっては、細菌リスクをいかに制御するかが重要なポイントになります。この点もちゃんとフォローしますが、まずはレシピを。(後述するようにAnovaとか使わなくても作れます)

レシピ

下拵えの所要時間5 分調理時間20 分所要時間25 分

 200 g 水だこ
 400 g ほうじ茶など
 20 サラダ油
 海塩(お好み)

1

水蛸の脚から吸盤を切り離す。

2

水蛸の脚、吸盤を85度以上の熱々のお茶で茶ぶり(お茶を使って霜降り)し、余計な水分を拭き取る。

3

水蛸の脚、吸盤、オイル適量をポリ袋に入れて、Anovaで45度20分加熱する。加熱完了後は氷水にとって20分急冷する。

4

オイルを全て拭き取る。吸盤の中に入り込んでいるオイルも(逆さにしたり振ったりして)丁寧に除く。

5

脚は2-5mm厚くらいに薄切りに。吸盤は切らない。1切れ食べてみて、ミネラル感が豊富ならそのまま、そうでなければお好みで海塩を振る。

材料

 200 g 水だこ
 400 g ほうじ茶など
 20 サラダ油
 海塩(お好み)

手順

1

水蛸の脚から吸盤を切り離す。

2

水蛸の脚、吸盤を85度以上の熱々のお茶で茶ぶり(お茶を使って霜降り)し、余計な水分を拭き取る。

3

水蛸の脚、吸盤、オイル適量をポリ袋に入れて、Anovaで45度20分加熱する。加熱完了後は氷水にとって20分急冷する。

4

オイルを全て拭き取る。吸盤の中に入り込んでいるオイルも(逆さにしたり振ったりして)丁寧に除く。

5

脚は2-5mm厚くらいに薄切りに。吸盤は切らない。1切れ食べてみて、ミネラル感が豊富ならそのまま、そうでなければお好みで海塩を振る。

水蛸のミキュイ

身と吸盤の違い

身と吸盤は別物です。温度変化のタイミングは同じですが、味も食感も全く違います。

身も吸盤も40~50℃ならどの温度を選んでも風味は変わらず。

身の方は、最初に蛸の旨味がクリアに感じられ、咀嚼を重ねるうちに甘みが出てくる。さらに続けると徐々に塩味が支配的になり、最後に塩味の上に僅かなミネラルっぽい苦味が重なって来て全体の印象を引き締める。1)ただし、個体差が結構あってこのミネラル感と苦味は感じられない物もあった

吸盤は、身よりも甘みと旨味が優位。最初から蛸の甘みと旨味が感じられ、噛む進めるにつれて、それらが混ざり合ったトロリとした風味豊かな旨味に変化していく。徐々に塩味が現れてきて甘み旨味を引き締める。ミネラル的な苦味は現れて来ない。2)吸盤の味もやっぱり個体差がある

食感

身も吸盤も、40~45℃の間ならどの温度帯を選んでも食感は変わらない。46.5~47℃くらいを境にミキュイ的食感からもう一段階火が入った食感に移る(ボイル的になる)。

40~45℃の身は、よく煮た後に少し絞った肉厚な椎茸の傘をとか、死後硬直が解ける途中の鯛の刺身みたいな独特の弾力。少しだけある弾力に弱く抵抗されながらもスッと歯が身に向かって進んでいく。

40~45℃の吸盤の食感はもっと独特。硬く感じると思いきや、噛むと勢いよく割れて、口の中でエキスが弾けるような躍動感がある。

身も吸盤も、ここからさらに加熱温度を上げると徐々に食感に抵抗が出てきて、見た目と食感はボイルした物に近づく。これは50度くらいからが顕著。

それでもボイルした場合のような硬く締まった物よりもはるかに柔らかい。噛むと僅かな抵抗があった後にしっとりした蛸の身の中に歯が沈んでいくような感触。ボイルした物のように歯が跳ね返されるほどの抵抗はない。

細菌リスクの制御

水蛸の細菌リスクとして注意すべきは腸炎ビブリオです。腸炎ビブリオのリスクについての一般論は以下の記事をどうぞ。

ここでは、この腸炎ビブリオについての記事のように、

  • 調理前の水蛸への腸炎ビブリオ付着量
  • ミキュイ調理終了時点での細菌量

を見積もることでリスク評価をします。最後に、心配な方向けに、そのリスクをさらに低下させる超強引な手法も提案します。

初期付着量

水蛸は、食品規格上「生食用鮮魚介類」に該当し、

腸炎ビブリオの最確数は、検体1gにつき 100 以下でなければならない

と定められています。とはいえ、この基準は最確数で定義されているため、この閾値を破る商品も陳列されている可能性もあります。

そこで、かなり多めに見積もって、\(2.0\times 10^2\)/cfu/g 程度の腸炎ビブリオが水蛸に付着していると想定してみましょう。3)実際は、臓器や呼吸器から遠い部位である脚ならば、腸炎ビブリオは表面汚染だけであり、カット前の洗浄過程で十分に汚染レベルは低下しているかと思いますが、念の為。

加熱時の増殖

腸炎ビブリオは37℃~40℃で最も活発に繁殖し、約8分に1回増殖します。よって、ミキュイの加熱工程(45℃20分)では多目に見積もって腸炎ビブリオの数は8倍になります。

後述する茶ぶりの効果を無視すると、腸炎ビブリオの細菌量は\(1.6\times 10^3\)/cfu/g程度と計算できます。

リスク評価

このミキュイを100g食べると仮定すると、合計で\(1.6\times 10^5\)cfu の腸炎ビブリオを摂取することになります。FDA(12)の推定によれば、この摂取量での発症確率は5%程度です。

出典:食品健康影響評価のためのリスクプロファイル~生鮮魚介類における腸炎ビブリオ~

今回の計算では、腸炎ビブリオの初期付着量をかなり多目に見積もっているので、現実にはリスクはもっと低いかと思います。4)腸炎ビブリオは通常、食材の表面の汚染のみであり、内部の汚染レベルはかなり低いと考えられる

が、それでも心配な方向けに、さらに細菌量を減らす方法を無理矢理考えてみました。

表面加熱の効果

ここまでの計算では茶ぶりの加熱殺菌効果は無視していました。なぜなら、瞬間的にしか加熱していないため、どの程度の加熱殺菌効果が得られるのか計算できないからです。5)なお、茶ぶりの洗浄効果もあまり期待しない方がよい。1~2オーダーの洗浄効果を得るには、(溜水の場合)1分×3回の洗浄が有効とされており、茶ぶりはこれに遠く及ばないため。

ならば、茶ぶりに使うお茶を大量に用意し、その中に水蛸を数秒沈めて、少なくとも1,2秒は表面が高温に達するようにしてしまえばよいでしょう。めっちゃ強引ですが。笑

参考までにD-値を提示すると、\(D_{75}=\)約0.4秒なので、85℃とかの大量のお茶の中に水蛸を2,3秒沈めれば、表面に存在する腸炎ビブリオの数を激減させることができます。これにより、表面付近の食感はやや犠牲になりますが、厚みのある食材全体から見れば軽微なシェアです。最終的な食感はさして変わりません。

上で多目に見積もって試算した”5%”をさらに下げたい方はお試しください。

補足

茶ぶりについて

茶ぶりをすることで、臭みを含んだ表面付近の水分を抜く同時にお茶のタンニンで臭みを吸着しています。

また、茶ぶりに香りの強いほうじ茶・はと麦茶などを使うと蛸にその(特にロースト系の)香りが移ります。このような香りを付けたくないなら、冷温で販売されている香りの弱いペットボトルのお茶を温め直して使うのがオススメです。

その場合でも茶ぶり後はすぐに余計な水分を拭き取らないと香りは弱く入ってしまいますし、身が水っぽくなる原因になるのでご注意を。オリーブオイルでなくてサラダ油を推奨しているのも香りが理由です。(欲を言えばグレープシードオイルが良い)

急冷の意味

水蛸を加熱した後に急冷するのは

  • 温度を下げて腸炎ビブリオの繁殖を止める
  • 味の輪郭をハッキリさせるため

という目的があります。前者は説明不要かと思いますので省略。後者についてですが、特に水蛸の身は室温程度だとミネラル的要素が感じられず、味がぼやけます。水蛸の身の醍醐味はこのミネラル感にあるので、すぐに食べる場合であっても面倒臭がらずに冷やすことを強くオススメします。

Anovaなしでやるなら

Anovaのような専用機器がなくても水蛸のミキュイは作れます。Anovaとかが必要なのは加熱工程20分だけで、40~45℃に20分維持するだけなら温度計があれば十分だからです。(46.5℃20分とかはAnovaなしには無理でしょうが)

45℃のお湯を鍋などに大量に用意して、そこに水蛸を入れた袋を投入し、鍋の蓋を閉じて20分放置すると良いかと思います。大量の水を使いたくなければ、水面に温度計を刺して20分間張り付く必要があります。どちらの方法でも仕上がりには影響しないのでお好きな方をどうぞ。

関連記事

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おすすめツール

Nick が真空調理で使っている道具たちを一部紹介しておきます。

Anova

個人的にはこれ一択。そのうち記事で書きますが、Wi-Fi が圧倒的に便利。外出先にいながら火入れのコントロールが可能。加熱を複数温度に分けて行うなどの場合、外出先から出来ないと不便過ぎる。
最適な加熱条件が分かっているなら、帰宅が遅れた場合に出先から加熱温度を下げて火入れの進行を遅らせる技も使える。

あとは、温度コントロールが命の商品なので、実績あるAnovaが一番安心できるという側面も。安物買って気づかないうちに温度センサー壊れてた→食中毒…とかシャレにならない…。

ANOVA Precision Cooker – WIFI 2nd Gen (900 Watts)
Anova

ポリ袋

ワタナベ工業ポリ袋がいいと思います。ジップロックと比較して1枚あたり50%以上のコストダウンが図れます。野菜500gだって余裕で入る。

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Nick はこの袋を400枚まとめ買いしてますが(既に1000枚は使った笑)、お試ししたい人向けに、40枚セットのリンクも一番下に貼っておきます。

ただ、ワタナベ工業ポリ袋にはジッパーがないので、密閉時にはクリップイットを。ポリ袋をクリップイットで留めるだけで簡単に密閉できます。袋の真ん中らへんなど、好きな位置で止められるので便利です。(このレシピで使ったのは70mmのやつ)

また、クリップイットは-20~140度の温度耐性があり、湯煎にかけたり冷凍庫に放り込んだりしても2年以上1つも壊れていません。かなり丈夫です。

Nick はワタナベ工業ポリ袋 & クリップイットのコンビに非常に広い応用路を見出しており、真空調理 / 通常調理問わず、使わない日はまずありません。(追って記事書きます。)迷ったら買うべし。後悔させない自信ある。

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2018/03/21時点: Amazon だと40枚セット販売、楽天だと40枚×2セット販売で少し割安となっています。(どちらも送料無料)
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1.ただし、個体差が結構あってこのミネラル感と苦味は感じられない物もあった
2.吸盤の味もやっぱり個体差がある
3.実際は、臓器や呼吸器から遠い部位である脚ならば、腸炎ビブリオは表面汚染だけであり、カット前の洗浄過程で十分に汚染レベルは低下しているかと思いますが、念の為。
4.腸炎ビブリオは通常、食材の表面の汚染のみであり、内部の汚染レベルはかなり低いと考えられる
5.なお、茶ぶりの洗浄効果もあまり期待しない方がよい。1~2オーダーの洗浄効果を得るには、(溜水の場合)1分×3回の洗浄が有効とされており、茶ぶりはこれに遠く及ばないため。
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